2009年09月23日

創菜辰巳

たまには地元の居酒屋のことも書こう。
こんな丹波の片田舎にも、高級な都会の居酒屋に引けをとらない、こだわりを持った店があったりする。
「創菜辰巳」などその最右翼だ。

屋号に創菜とあるように、どの料理も創意にあふれており、妥協を許さないご主人の姿勢が感じられる。
画像で紹介しているのは、左が鰆の味噌漬け焼き、右が鯛のゆうあん漬け焼き。鰆のほうは濃厚な旨みがあり、鯛のほうはあっさりとしたなかにも香り高く、深みのある味で、対照的な味わいだが、いずれも燗酒に本当によくあう。
その日本酒も、神亀、春鹿をはじめ、地元兵庫の竹泉、香住鶴といった実力派が並んでいる。

先日は、ここで高校時代からの友人と二人、盃を重ねた。
こういうちょっと小粋な店は、まあ、宴会むきではないけれど、独りで飲むよりは、親しい友と一杯やるのが楽しいかもしれないナ。

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2008年08月25日

野狐

 別に悩みがあるわけではないのだけれど、昨夜は夜更けに眼が覚めると、いろんな想念が次々と訪れて、どうにも眠れなかった。
 リリリリと草むらで鳴く鈴虫の声に誘われて、寝巻き姿のまま戸外に出ると、下弦を過ぎた月が天高く懸かっている。
 雲は所々に流れていたが、深い漆黒の空は澄み渡って、冷ややかに煌く星々が、山里の村を見下ろしていた。

 月光が青く照らす路上に、ふいに現れた小さな物影に私は気がついた。それは、足音をたてずに、少しずつ、こちらへ近づいてくる。懐中電灯を向けると、横に伸びた長い尻尾、ほっそりとして口元のすぼんだ顔をしている。狐だ。
 関心があるのか、私の周りを円を描くようにうろつくが、決して一間以内に近づくことはない。無邪気な瞳が時々私を見つめる。
 この野狐のように自然にとともに生きる孤独の楽しさを、万物の霊長と嘯く人間は、果たして如何ほど知っているのだろうか。
 しかし、そんな私の想いには、まるで無関心だと言うように、野狐の小さな影は、やがて闇の中、山の木立の中へと消えていった・・・。

* * *

 今夜は、雨模様。昨夜の野狐は、どうしているのだろう。
 その円らな瞳を思い出しながら、此間、古い友人が持ってきてくれた、浜松の美酒「花の舞」を、今宵も冷やで一献。・・・口に含むと、その名のとおり華やかで玲瓏な味わいだ。
 野狐君、愚かな人間である私は、君のように無心に遊ぶ自由はないけれど、酒を飲むささやかな楽しみだけはあるのだよ。

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posted by 酔古堂碧山 at 23:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

姫路 郷愁の夜

時々、姫路の街をうろうろと徘徊している夢を見る。
二十代後半の数年間を過ごしたこの播磨の国の首府は、私にとって第二の故郷だ。

夢で見る街は、どこか私が住んでいた頃の町並みとは違い、駅から姫路城に向かう大きな通りの両翼に位置する商店街や歓楽街が巨大に広がっていて、何だか、とてもサイケデリックな感じがしている。
そういえば随分と長い間、姫路を訪れていないなぁ。

当時、しばしば通っていた店に「けんからーめん」という半屋台風のラーメン屋があった。ラーメンの味が極上なのはもちろん、とろとろに煮込んだチャーシューが絶品だった。姫路での勤務を終えてからも、そこには、たまに通っていたのだが、ある時、急に店を移転し、場所がわからなくなってしまった。
やがて、姫路を訪れる回数も年々少なくなり、「けんからーめん」に行くことも途絶えてしまった。

最近、ふと思いついて、ネットで検索してみると、ラーメン店でありながら、今は居酒屋みたいなこともやっているらしい。健在であったか。移転先の場所も確認できた。
ふむ、飲み友達のSさんを誘って、久々に訪ねてみるか・・・。

・・・・・・・

姫路駅を降りてから、Sさんとの待ち合わせの時間にはまだ時間があったので、商店の立ち並ぶ「みゆき通り」をしばらく歩くことにした。この通りは神戸でいうと、三ノ宮のセンター街みたいなところ。「平成」の新しい元号を報じる新聞の号外を私が受け取ったのも、この通りでだった。私の見た夢ほどではなかったが、やはり昔とは随分、様変わりしていた。なじみの本屋やよくレコードを買っていた電気店も幻のようになくなっていた。そして若かった私自身も・・・。

再び姫路駅へもどって、Sさんと落ち合い、駅からすこし西へ夕暮れの道路を歩いた。今はもう運行していないモノレールの高架下に、目指す「ありがたや けんからーめん」はあった。

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以前、兄ちゃんといった感じだったマスターは、あご髭を生やし、今ではおっさんという感じの大将になっていた。話しぶりは以前のままの、気さくで調子の良いタメ口だったけれど。
大将の少し腹が出た体型を見て、「大将、年とったわ。」と呟くと、Sさんに「そら、あんたもやがな。」と、即、切り返された。「そら、そうや。」と苦笑い。あれからもう二十年近く過ぎたのだから。

それにしても、この破天荒ともいえる店の雰囲気はどう言ったらいいのだろう。ネットでは、「汚い」とか「怪しげ」といった文言が並んでいたが、実際、ここに来てみると、聞きしに勝る凄さだ。
不潔というわけではないが、壁一面に落書きがしてあり、料理を盛った皿や店の調度品なども、まったく無造作に置かれている。何というか、店全体の雰囲気が極めて雑然としているのである。以前の店にもそんな感じの片鱗はあったのだが、さらに顕在化している状態だ。
店は、以前と同様、半屋台風の店構えで、戸外との仕切りがない。先ほどから足がかゆいのはどうやら蚊に刺されたからみたいだ。

しかし、長テーブルの上に、でんと置かれた七輪で焼く厚揚げ(中に味噌が挟んであった)や万願寺唐辛子など、絶品のうまさだった。
まったく気取ったところのない、「自由」そのものの店内で、夏の夜風に吹かれ、冷たいビールを飲んでいると、今晩はここでいつまでも飲み続けたい気分になった。

だが、相方のSさんは、どうもクーラーのきいた落ち着いた店に、ハシゴしたいみたいだ。最後にラーメンを食べに戻ってくることにして、ひとまず、大将に別れを告げた。

次に、行ったのは、「十七八」(となはち)というおでん屋。
老舗らしいが、私は初めて入る店だった。こざっぱりとした清潔な感じの店で、オバサン二人がてきぱきと客の応対をしている。
ここのおでんは、関西風の薄味で、素材の味を残したもの。蛸なんかも美味しかったが、さっとだし汁に浸しただけの春菊など歯ごたえがあって良かったな。
さきほどの「ありがたや けんからーめん」は、マニアックな店だが、こちらは誰にもお薦めできる上品なお店だ。

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おでん屋を出て、「カラオケでも行きましょか。」と、Sさんと姫路の歓楽街である魚町を歩き回ったが、昔に行ったことのある店はみつからなかった。結局、先程の「けんからーめん」に戻ってきたが、ここも屋外のテーブル席まで客が溢れていて、絶品のラーメンにはありつけなかった。こういうアバウトな変わった店って、逆に人気があるんだな。もちろん、美味しいからなのは、言うまでもない話なのだが。

しかし、まだ諦めることはない。姫路にはもう一軒、私のお気に入りの美味いラーメンがある。今夜の宿である「カプセルインハワイ」にある「小料理 漁火」のスタミナラーメンがそれだ。カプセルホテルの中にあるためか、ネットでも誰も紹介していないし、ラーメン通を自認する人たちにも、ほとんど知られていないのではないだろうか。
まさに、知る人ぞ知るラーメンだ。

ひと風呂浴びた後、「漁火」のカウンターに腰掛けて、「スタミナラーメン」を注文する。牛肉とニンニクを炒めた、甘口で少し焦げた感じのするスープが美味い。やっと、たどり着いた懐かしい味に舌鼓を打った。
やっぱり、姫路はいいなァ。
posted by 酔古堂碧山 at 11:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

神戸新開地の大衆酒場

昨夜は、久々に神戸で一杯。例によって独酌。
いつもは三宮・元町辺りへ行くのだけれど、以前、元同僚のSさんに連れて行ってもらった新開地近辺の店が雰囲気が良かったので、今回はそちら方面で新しい店を開拓だ。

神戸電鉄に揺られて終点の「新開地」で降りると、駅の地下街にずらりと飲み屋が並んでいる。そのうち半分は立ち飲み屋だ。
私は、じっくり腰をすえないと落ち着かない性分なので、座れる店でないと・・・物色していると、「丸萬」という店が、外から見た感じでは、雰囲気が良さそうだ。一応、チェック。
地下街から地上に出て、しばらくぶらついていると、「高田屋京店」という古そうな店を発見。店頭には「金盃」の樽が飾られている。私の好きだった大衆酒場の「元町金盃」(もう廃業してしまったが)と何か関係があるのだろうか?・・・何か期待できそう。一応、ここもチェック。
結局、この二つの店のどちらかということで、行きつ戻りつ迷ったが、とりあえず「丸萬」に入ることに決めた。

「丸萬」は、スタッフが大将らしきおじさんと、おばさんが二人、見習いのような感じの青年が一人、というこじんまりした店だった。
カウンター席の板は無塗装で、古色を出すために、わざとらしく濃い色のニスなどで塗られていないのが良い。おそらく、震災後に再建されたのだろうが、カウンターは、これから客の肘で磨かれ、自然な風合いが出てくることだろう。

とりあえず、ビールを注文し、だし巻き(生姜とダシがきいていてうまかった)と鳥皮(塩!)で一杯。2本目は燗酒。ここのお酒は「白鶴」だった。
メニューは紙の短冊と黒板に書かれている。全体的に雑然としているが、それがまた酒場の雰囲気があって良い。
黒板の品書きを見ていると、ブリの塩焼きが安かったので、それを注文したが、これは、脂がのっていて旨かったな。
この店は気に入ったので、このままここで飲み続けようかとも思ったが、さきほどの「高田屋京店」も気になる。
結局、勘定(安かった!)を済ませて、そちらに向かうことにした。

「高田屋」に入るなり、これはもう素晴らしい居酒屋だと直感した。
年配の大将のほかには、大勢のおばさんが、忙しく立ち回っていた。店内は大勢の客であふれ、活気に満ちた大衆酒場という感じだ。

「おでん」が煮立っている四角い鍋の前がちょうど空いていたので、そこに腰掛け、早速お酒を注文する。と、出てきた徳利には「キンパイ」と書かれている。
中身も「金盃」なのかな?先の「白鶴」は濃醇だったが、こちらはずいぶんサラリとしていて、独特の香りがある。
「おでんを・・・たこ・・・・たまご・・・厚揚げ・・・(こうやって選んでいるときが楽しい)、あぁ、それからジャガイモをください。」と言うと、目の前で皿にカラシを付けてよそおってくれた。
おっと、そうそう、好物の「きずし」をたのまなくては。この店にはあるのかな?
店内に雑然と貼られているたくさんの品書きを目でさがしていくと、あった、あった、「生ずし 350円」というのを見つけた。それにしても、350円て・・・。
大阪、神戸の居酒屋は安いと言うけれど、これは、ちょっと驚異的な安さだ。三宮だとこの値段ではないだろう。東京なんかだと、さらに高いのだろうな。

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ここは私が今までに訪れた居酒屋のなかでも最高峰の店だ。
私の好きな居酒屋の典型がここにあると言ってよい。庶民的な喧騒と独り酒のコントラストがたまらない。
勘定をしてもらうと、なんと全部で千二百十円。

行き当たりばったりに訪れた居酒屋だったが、今回は2件とも「当たり」だった。

電車に少しだけ揺られて、定宿の「神戸サウナ」のカプセルホテルに向かう。
三宮駅に降り、しばらく繁華街を歩いていると、すれ違うのは新開地とは対照的に着飾った若者ばかりだ。
チェーン店の居酒屋の前を通りすがると、店頭のメニューに書かれた「きずし」は520円だった。
本当の古き良き神戸は、庶民の町「新開地」にあるのかもしれない・・・。
posted by 酔古堂碧山 at 18:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

男は黙ってサッポロビール

久々の更新である。(本当に!)
この1年半、いろんなことがあった。
大きな事件と言えば、神戸元町の金盃が、突然、七十有余年の歴史にピリオドを打ち、閉店してしまったこと。これで神戸で飲む楽しさは激減してしまった。感じの良い「大衆酒場」をまた探さねばならないが、そうちょくちょく神戸に行けるわけではないので、簡単には見つからないかも知れないな。

まあ、自宅で飲んでいてもそれなりには楽しいわけだが・・・。

例えば・・・・・・
一日の仕事を終え、冷蔵庫からよく冷えた瓶ビールを取り出す。それはどうしてもアルミ缶ではなく瓶でなくてはならない。
栓抜きを縦にし、王冠をコンコンと2回叩く儀式をして、シュポンというかすかな音をたてて栓を抜く。
水滴の付いた茶色の瓶を最初につかんだときの指に伝わるひんやりと濡れる感じ、それからコップに注ぎ込んだときに、白い泡が最初は激しく泡立つが、次第に細かな粒となって、琥珀色のビールの上層に白雪のように分離していくのを見るのがたまらない。
そして、冷たいビールの喉ごしを楽しみつつ、ぼんやりと頬杖をつきながら、一日の疲れを忘れていく。

そんな情景に最も似つかわしいのが、サッポロラガー、通称「赤星」だ。

強烈に自己主張するビールでも高級感のあるビールでもない。今風のキレや爽快さとも無縁だ。しかし、懐かしくも深い優しさを湛えた味わいは、このビールでしか得られない個性であり、毎日飲んでいても、飽きない。

昔々、三船敏郎が「男は黙ってサッポロビール」のキャッチフレーズでコマーシャルをしていた歴史あるビールなのだが、最近は、店頭でほとんど見かけない。私も酒屋さんに頼んで問屋さんから取り寄せてもらった。
このビールには缶はなく、中瓶と大瓶があるだけというのもいい。細々と続いている感じだが、根強いファンがいるというのも、なるほどと頷けるビールだ。

これは、私の一押し。

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posted by 酔古堂碧山 at 19:39| グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

大衆酒場で新年会

 さて、忘年会の次は新年会だ。と言っても、例によってまたまた独酌だけれども(笑)。
 で、都合良く仕事で神戸に行く用事があったので、夜は「元町金盃」でイッパイやることにした。ここを選んだのは、以前食べたおでんの味がどうにも忘れられなかった(特に豆腐!)からだ。
 ということで、カウンターに座るやいなや、おでんの豆腐とタコを注文。甘い味噌だれがかかっていてやはり美味だなぁ。この前は食べなかった牛スジも、とても柔らかく煮込んであって、味噌だれとの相性も抜群だ。
 カウンター内に入って料理をしているのは、京都の「赤垣屋」と同じ二人の親父さんだが、こちらは俳優というより、外見的にはユーモラスな凸凹コンビだ。見ていると、常連客が時折、この店員たちに酒やビールを一杯ふるまっている。店員のほうは特に礼を言うふうでもなく、当たり前みたいな顔をして、もらった酒を飲んでいる。決して愛想が良いわけではないが、これはこれで居酒屋の雰囲気としては良いような気もする。この典型的な大衆酒場には、巧言令色は不要なのだ。
 それにしても安い。メニューを見ても250円、350円が多い。何か焼いた物が欲しいなと思って注文した丸干しは150円だった。
 ここの魅力は、料理の美味さと安さだな。サラリと淡麗な泉正宗の燗酒が客を待たせず、注文とほぼ同時に出てくるのも良い。文字どおり、美味い、安い、早いの三拍子揃っている。
 店の居心地も来るたびに良くなってきた。今のところ、私のもっともお気に入りの居酒屋かな。

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これぞ大衆酒場
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2005年12月30日

京都の名店「赤垣屋」で飲む。

 ここ数年、年末には「自分自身にお疲れさん」という意味を込めて「独りの忘年会」をしている。ということで、今年最後の居酒屋として私が選んだのは、京都の川端通りにある「赤垣屋」。CSテレビの「全国居酒屋紀行」で見た見事な燗さばきが印象的で、いつか行ってみたいと思っていた店である。
 仕事納めの日の午後、半日の有給休暇をとり、JR福知山線から阪急電車を乗り継いで当の赤垣屋に着いたのは、5時半ごろだった。実は口開けを狙っていたのだが、電車で行く京都は思ったより遠くて、30分も遅れてしまった。
 はたして、店の戸を開けるとカウンターには客がびっしり。やはり、人気店だな。しかし、たったひとつ空いていたカウンター席は、運良く燗付け器の真ん前だ。あの燗さばきが見られるぞ。早速、燗酒を注文する。
 燗をしてくれるのは、藤田まこと風のおじさんだ。まず、「名誉冠」と銘の入った酒樽から陶器に汲み出した酒をチロリに移す。これを燗付け器に浸け、ほどよく暖まったところで、一合徳利に移し替え、これをもう一度燗付け器に浸ける。なるほど、こうすると冷めにくいという訳か。徳利も普通見かける物よりも口が小さく、これも冷めにくい工夫だな。
 愛想よく、どうぞと差し出された酒を口にしてみると、あぁ、こりゃ熱燗だ。しまった、ぬる燗て言わなかったからなぁ。2杯目は「ぬる目で」と頼むと、今度は私の好きなぴったりのぬる燗。杉の香りが柔らかく拡がって旨い酒だ。
 とりあえず、肴は「きずし」(この店では「しめさば」と言っている)を注文する。日本酒には、やはりこれだ。てきぱきと鯖をさばいているのは、奥にいる安部徹(水戸黄門に家老とかの役でよく出ていた俳優)を優しくしたような感じの親父さんだ。(こちらの方がご主人だろうか?)
 目の前で湯気を立てている、たこやとうふなどの「おでん」をたのむと、今度は藤田まこと風のおじさんが、盛りつけてくれる。ここの最大の魅力は、愛想の良いスタッフの面々だな。特に二人の親父さんは、息のあった名俳優が昔からの居酒屋を演じているようで、見ていて楽しい。
 今夜は奥の間で宴会もあったりで、店内はてんてこ舞いだった。しみじみと一年を振り返るという感じで飲めなかったのは少々残念だったが、店の親父さんたちは終始笑顔できびきびと仕事をしている。感じの良い店なので、今度は繁忙期を避け、再び上洛しようと心に決め、夜の京都を後にした。

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2005年12月25日

本来無一物

 冬の冴え渡った寒空に満月が輝いている。酒仙と謳われた李白でさえも「酒」より「月」を詩に多く書いている。確かに、地上を桃源郷のように照らし出す月の青い光は、私たちを別世界に誘うような幻想的な美しさを湛えている。
 だが、まん丸の満月を仰ぎ見ていると、その幻想性をも脱落してしまったような、もうひとつの、さらなる美しさがあるような気がする。
 「本来無一物」。鏡のように何一つ留め置こうとしない境地。善とか悪とかいった対立する概念、人間の持つ執着心はとうに消えている。というより、そんなものは元々何も無かったのだ。
 最近、飲んだ「越後鶴亀」は、そんな「無心」を感じさせる本当に清らかな新潟の地酒だった。
 私自身は・・・と言えば、あまりに煩悩が多くて、そういう境地にはほど遠いんだけれども。(笑)

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2005年10月15日

秋の冷やおろし

 近所の酒屋のご主人に勧められて、「浦霞」の冷やおろしを飲んだ。冷やおろしとは、冬から春にかけて造られた酒を夏の間熟成させ、秋の訪れとともに飲む酒だ。
 「冷酒でも良いし、ぬる燗にしても、これがまた旨いのですよ。」とにっこり笑って勧めて下さったご主人の言葉どおり、これは期待を裏切らない酒だった。冷やしたのを、最初に口にした時には、ふくよかで、あまりにもまろやかな、その味わいに思わず声を発したほどだ。これは絶対お勧め。
 これに味を占めた私は、冷やおろしをもう一本、買ってきた。今度のは「芳薫」。こちらはさらに甘口のとろけるような美酒だ。これを脂ののった戻り鰹のタタキで、一杯やる。
 白珠の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり −牧水− ・・・か。
 いや〜、秋っていいなぁ。
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2005年09月11日

岡山の「佐久良家」で地酒に酔う。

 岡山市の中心街にある、明るく小じゃれた感じの居酒屋、「佐久良家」を訪ねた。
 店の隣は同じ経営者による「藤ひろ」という割烹で、そこで出されるのと同じ料理が、こちらの居酒屋でもお安く頂けるという。
 カウンターに腰かけ、品書きを見ると、「骨・皮せんべい」という変わったメニューが目にとまった。これはどんなものだろう?
 早速注文してみると、出てきたのは、割烹でさばかれた魚の骨や皮をカリッと香ばしく揚げた物だった。これは、とてもおいしい。お酒にぴったりだ。
 次に、常連さんのお薦めとメニューに書かれていた「刺身のてんこもり」を頂いた。よこわ、鰆など、近海でとれた魚が文字通りてんこもりになっている。(といっても、美しく盛りつけてある)なるほど、これで1500円は確かにお薦めだな。
 しばらく、独りで盃を傾けていると、隣の割烹から阿川佐和子似の上品そうな女将が、和服姿で顔を出した。私はTシャツと半ズボン姿だ。さらに、ここに来るまでに道に迷ってしまい、先ほどまで岡山の街をうろついていたので、シャツには汗がにじんでいる。
 何だか、ちょっとここの上品な雰囲気を乱しているのでは・・・という気がちらと脳裏をかすめたが、女将は「どちらから、いらっしゃいましたか?」と、尋ねながら、愛想良くお酌をして下さった。
 杯を受けながら「兵庫県の丹波からです。」と答えると、最近は「県外からのお客さんも多いんですよ。」とのこと。しばらく、丹波の話やら何やら、女将と話していると、いつしか私の緊張?も緩んでいった。
 岡山の地酒も豊富で、いくつか飲み比べてみた。口当たりの良い「喜平」、旨味のあるどっしりとした「白菊」という好対象の冷酒に酔いしれた後、「御前酒」という銘柄の酒を燗してもらったが、これは癖の無い味で、特に気に入った。これは懐かしい味がしますと女将に勧められた「三光正宗」というのも良かったな。
 意外だったのは、この店の自家製のクリームチーズで、これが意外に地酒と合うのでびっくりした。それを女将に言うと、「皆さん、そうおっしゃいます。」ということだった。
 それにしても、今宵は美酒と旨い肴に溺れ、ついつい飲み過ぎてしまったな。今回は鈍行を乗り継いで行ったが、岡山も案外近いじゃないか・・・。
 終始、上品で愛想の良かった女将に別れを告げ、酩酊した足取りで、今夜の宿である駅前のカプセルホテルに向かいながら、またこの店を訪れようと思った。

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